「腸」の状態が生死を分けると痛感した
小児集中治療室での看護師経験。
健康な人を増やすため突き進みたい。

匠STORY

美腸ナース | 小野 咲

プロフィール

小野 咲 (おの さき)

美腸ナース
(一社)日本美腸協会

小児専門の集中治療病棟、便秘外来での看護師勤務を経て、腸が体質改善に与える影響力を実感し、独自の腸もみ技術「 美腸エイジング ® 」を開発。青山と恵比寿に美腸エステGENIEを創業 。現在は、一般社団法人日本美腸協会を設立し、サロン現場での活動の他、全国のセラピストに腸もみ技術と知識を伝える教育活動も行なっている。

 STORY

 

ーー小野さんは元々、大きな病院で看護師としてお勤めだったんですよね?

はい。大学卒業後、国で唯一の小児研究機関がついた病院に入りました。そこは、全国の病名も無いような難病の子供が運ばれて来る、小児科最後の砦のような場所でした。配属先は希望を出すことができたので、あえてそのような環境に飛び込みました。

 

ーーなぜ、あえて大変な方へ?

若い時にきつい体験をしないと、年齢を重ねてからきついことに耐えきれないんじゃないかと思ったんです。実は、学生時代は体育会系で、テニスでインターハイにも出場しています。スポーツを通して、厳しい環境で揉まれることの大事さは学んできたので、仕事でもそのような選択をしました。

 

ーー医療業界で働くことそのものがハードだと思いますが、なかでもさらに厳しい患者さんが運ばれてくる環境。当時はどのようでしたか?

PICUと呼ばれるいわば全国に数件しかない子供の緊急病棟。「子供が好きだから」という理由で小児科を希望しましたが、そこに運ばれるのは明日にも命を落とすかもしれない子たちばかりでした。「子供と触れ合う」ような余裕はなく、全身を管で繋がれた様子と、常にモニターでバイタルチェックを行う日々でした。当然ですが、ミスが許されない環境なんです。そこでの経験で、ナースに向いてないんじゃないかと何度も思いました。あまりのプレッシャーに押しつぶされそうになり、1年目は毎日泣いていたのを覚えています。とはいえ、3年間は働かないと!と自分を鼓舞し、毎日仕事後に深夜まで勉強していました。

ーーそこで踏ん張れたことが全てに繋がっていくんですね。命の現場のプレッシャー、、計り知れないと思います。

当時、「生体肝臓移植」というご両親の肝臓をお子さんに移植する手術の担当が多かったんですが、赤ちゃんのお腹は小さいので、父母の肝臓を1/3あげるんです。その時「小腸」の動きが悪い子は、手術が上手くいったとしても術後の管理が上手くいかずに命を落とすケースが多かったんです。その経験から、「腸」に興味を持つようになりました。

 

ーー小児科でのナース経験から「腸」に目覚めたんですね。では、大人の場合小腸の動きが悪くなる理由にはなにが考えられますか?

一番は、食事です。食品添加物を小腸に3kg以上溜め込んでしまう方もいるんですよ。それにより小腸の動きが悪くなります。その他、小腸が漏れてしまいタンパク質が体の中を巡りアレルギーを起こすこともあります。

 

ーーやっぱり、基本は食べ物なんですね…

もともと小腸は、免疫細胞が作り出される場所なんです。なので、これまではあまり病気にならなかった部位なのですが、自分で自分の体を守る機能が失われるほど、現代社会には食べ物の乱れやストレスが溢れかえっているということです。

 

ーーもともと強い臓器であるはずの小腸の病気が増えてきたと。。。

それは後々勉強してわかったことなんですが、小腸がそれほどに大事なのだとその時気付きはじめました。実は、私自身も生まれつきのひどい便秘でした。加えて仕事でのストレス。そこでまずは自分の体を実験台としてデータを取りはじめたんです。

 

ーーなるほど、ご自分の経験と、小児救急での経験から、ますます腸を探求していくことになったんですね。

そうやって腸と深く向き合っていきうちにいくうちに、あれほど酷かった自分自身の便秘が治りました。そのことをきっかけに人生が変わっていったんです。なにより生理不順が治ったことは大きくて。当時20代前半にも関わらず「不妊」と言われるほどに排卵ができていませんでした。子宮の上に腸があるんですが、便秘で腸が重くなることで子宮が圧迫されてしまうんですね。

 

ーーご自身の便秘はどうやって直したんですか?

まず腸のマッサージを体験し、その技術を学んでいきました。その後、日本で初めて便秘外来を開いた病院に転職し、働きながら学んでいきました。それまで、便秘が治ったことでこんなにも人生が代わり明るくなったのは、私だけだと思っていたんですが、そこには腸に悩む人が日々訪れ、その誰もが便秘が良くなるにつれ劇的に表情も良くなりました。お年寄りから子供まで誰もが、腸が良くなるとこんなにも健康になる、人生が明るくなることを目の当たりにしました。しかし病院では、主に薬を使用した改善法になってしまいます。もっと根本的な生活から予防できるなら、今便秘で悩んでる1200万人もの人を救えるのではないかと思い、腸に関するセミナーをやりながら、腸もみ技術を提供していく美腸サロンを始めたんです。

 

 

ーー確かに、毎日のことですから、生活習慣から変えていくのが根本的ですよね。

その後2012年に、腸の正しい知識を伝えてゆく、日本美腸協会を発足しました。きっかけはサロンにお越しいただいていたお客様の「腸に関してもっと知りたい、学びたい」というお声から。また、サロンでスタッフを育成する際に知識がバラバラなのも困ります。そこで、それまで培ってきた腸の情報を体系化し教育事業を強化していきました。

 

ーーお話を伺っていると、もう当初から「教えながら施術を提供する」というスタンスだったんですね。

今や3000名を超える方が日本美腸協会で学ばれていますよね。成功の秘訣はなんだったと思いますか?

最初からアウトプットし続けていたことは大きいように思います。思えば自分は最初から腸の知識を「話して、伝える」ということをやっていたんだな、と。むしろ “伝えること”こそが天職” だったと思いますし、向いてることを自然に感じ取っていったのかも。病院勤務時代は、ミスが許されない環境下で自分の性格上、「ナースに向いていないんじゃないか」と思う時が何度もありました。でも、「正しい体の知識を伝える」という今の仕事に至る上で、ナースの経験は絶対に生きていますし、当時は向いていないと思いながらも頑張って続けていたことが今、実を結んでいるように思います。

 

ーー躍進を続ける日本美腸協会ですが、今後の目標はなんでしょうか?

これまでは腸に関する正しい知識を伝え続けてきました、今後は、ここで学んだ皆様がその知識を生かして活躍していけるような場をバックアップしていくことが目標です。例えば、腸に関する専門家を集めたり、企業とのコラボレーションも積極的に行いたいと考えています。

 

ーーそうすることで、より多くの方に正しい腸の知識が普及されて行きますね!

最後に、昨年第一子をご出産されたサキさんですが、子供を産んでから仕事の意識が変わった部分ってありますか?

子供を見ていると、毎日が大きな成長の連続だと感じます。それに比べると、大人の成長って小さいというか・・甘いなって。人間の可能性って、実は赤ちゃんの時くらいスピーディに広がるポテンシャルを秘めてるんじゃないかと思うんです。子供を見習って、私もさらに大きく突き進んで行きたいと思います。

 

「腸」をキーワードに健康な人を増やす!

 

この私のミッションを、天国にいる子供達もきっと応援してくれていると思うと、まだまだやりたい、もっとできる、ってパワーが湧いて来るんです。

Message from Saki Ono

現在「美腸」をテーマに、日々腸を思い、腸ケアに携わる私自身こそが、実は幼い頃から長年の便秘に悩まされていました。看護師として勤務する中で、腸の状態が命に大きな影響を及ぼすことを知り、以後日本で初めて便秘外来を開いた順天堂大学病院の小林弘幸医師と小林暁子医師の元、毎年5000人以上のお腹の悩みに関わってきました。患者様の中には腸の改善に伴い、お肌やアレルギーなど他の悩みまで解決される方が多く、腸を良くすることで根本的な体質改善ができる可能性に気づき「日本美腸協会」は生まれました。

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